共有される認知空間と相互作用による創発の出現可能性

in 協同の知を探る:創造的コラボレーションの認知科学

 

三輪和久


1. はじめに

1. 1 共有される認知空間

 科学史上の重要な発見は,一人の天才によってなされるばかりではない。例えば,今世紀最大の科学的発見の一つと考えられるDNAの二重螺旋モデルの発見は,ワトソンとクリックの協同によって行われたものであるし(ワトソン,1986),量子力学の成立には,同時期に輩出した数多くの物理学者が関わっている(ハイゼンベルグ,1974)。また,本論文にも深く関わる認知科学の成立期において,Herbert Simonは,その学生であったAllen Newellとの協同のうちに,その後の認知科学の歴史を決定づける様々な問題解決に関する基礎的な理論を発表した(Simon, 1996)。これらの科学史上の事実は,協同して発見的活動を行うことの利益を示しているように思われる。

 協同にも,様々な段階が存在することに注意しなければならない。例えば,同じ研究室で,日頃から意見を交換し合いながら一緒に研究するという協同のスタイルもあれば,一定の成果があがった段階ではじめて,その成果に対して意見を求めるという形もある。また,公刊された論文を介して,何十年も以前に行われた実験の結果を知るというような場合も,過去の研究者との間に生じた協同の一種と考えることができる。

 前者と後者の協同の段階の差異は,共有される「認知空間」の違いによって整理できる。前者の協同では,互いの仮説やアイデアの相互作用が存在するのに対して,後者では,実験結果としてのデータの相互作用しか生じない。すなわち,後者が,「実験空間」だけしか分かち合われていないのに対して,前者では互いの「仮説空間」も共有されている(Klahr, 1988)。

 直観的には,共有される認知空間の差異によって,協同の効果は大きく変動すると考えられるが,認知空間の共有の程度を明確に統制して行なわれた実証的検討は見当たらない。そこで,本研究では,(1)実験空間だけが共有される状況,(2)実験空間に加えて仮説空間をも共有される状況,(3)実験空間と仮説空間が統合される状況という三つの段階を明確に定義し,それぞれの段階において,協同の効果がどのように変動するのかを,計算機シミュレーションを通して実証的に検討する。

1. 2 創発の定義

 さて,上に述べたような問題を考えるにあたっては,協同の利得を評価するものさしが必要となる。そのために,「創発」という概念を定義する。通常,一人で問題を解くよりも,二人で問題を解いた時の方がより高いパフォーマンスを示すことは,経験的にも理解できる。しかし,この場合,相互作用による創発が現れたとはみなさない。

 本研究では,創発の定義に関して,次のような状況を考える。

■単独条件: 一人の探索者がターゲットを発見する。

■独立条件: 二人の探索者が,相互作用することなく,独立してターゲットを発見する。これは,二人の探索者が,別々の部屋で独立して問題を解決する状況に対応する。

■協調条件: 二人の探索者は相互作用しながらターゲットを発見する。すなわち,二人の探索者が,実験結果を参照し合ったり,互いに話し合いながら,一緒に問題を解く。

 本研究においては,上記の「独立条件」と「協調条件」のパフォーマンスを比較し,後者が前者を上回ることをもって,「創発」の出現と定義する。

 ここで,亀田は,協同の利得を現す段階として,次の二つの水準をあげている(亀田,1997)。

 「第一の水準」は,グループの遂行が,個人の遂行よりも平均的に優れているという水準であり,「第二の水準」は,個人のレベルでは存在しない優れた知恵がグループのレベルで創発するという水準である。

ここで,上記の「協調条件」のパフォーマンスが「単独条件」のパフォーマンスを上回るとき,第一の水準を満たす。

 一方,「協調条件」のパフォーマンスが,「独立条件」のパフォーマンスを上回るとき,そこでは第一の水準以上のことが起こっていることは支持されるが,それがただちに第二の水準を満たしたことにはならない。

 従って,本章の定義における創発が確認された時にも,それが亀田の言う第二の水準における,相互作用の利得の出現を保証していないことには留意しておく必要がある。

 

2. 認知心理学的アプローチに基づく先行研究の概観

2. 1 実験と観察

 本研究では,「発見」の中でも,「実験」を伴う発見を対象とする。

 発見のプロセスにおけるデータの獲得方法は,大きく「観察」と「実験」に分類することができる。観察では,データを受動的に獲得するのに対して,実験では,システムは自身の仮説に基づいて,外界から選択的にデータを取り込むことになる。そのような実験を伴う発見の典型としての,物理学や化学,生物学などの自然科学の法則の発見に決まって現れるのが,仮説形成検証過程である。

 さて,人間の仮説形成検証過程に関する,実験心理学的研究の一つとして,心理学的実験室で,被験者に簡単な発見課題を解かせ,その過程に現れる仮説検証過程を分析するという研究スタイルがある(Gorman, 1992;Newstead, 1995)。すなわち,心理学的実験室の中で,仮想的な科学的発見の状況を作りだし,被験者に発見の過程を疑似的に体験させるというアプローチである。

 本研究では,そのような研究パラダイムの上で,二人の探索者の協同による発見が,前述の創発を導く可能性を検討する。そのために,発見過程のモデルを計算機上に構築し,心理実験的アプローチではなく,計算機シミュレーションを通した実証的検討を行なう。

2. 2 Wason's 2-4-6 task

 上記の研究アプローチにおいて,好んで用いられてきた古典的発見課題の一つとして,Wasonの2-4-6課題というものがある(Wason, 1960)。

 本研究でも,この2-4-6課題を取り上げる。以下,2-4-6課題の実験手続きを説明する。表1は,典型的な実験結果の例である。2-4-6課題における被験者の課題は,次々に提示される三つの数字の組の規則性を発見するというものである。この例では,被験者が発見すべきターゲットは,「一桁の数」である。典型的実験では,はじめに[2, 4, 6]という数字の組が,Yesというフィードバック(以下,Yes-FBと略す)とともに与えられる。ここで,Yes-FBは,その数字の組が発見すべきターゲットの「正事例」であることを,逆にNo-FBは「負事例」であることを示す。被験者は,提示された事例に基づいて「仮説」を形成する。表1では,まずはじめに,「連続する偶数」という仮説を形成している。

 次に,被験者は「実験」を行う。実験とは,自ら数字列を作りだし,それを実験者に提示することである。表1では,連続する偶数という仮説に基づいて,[4, 6, 8]という事例を用いて実験を行なっている。

 被験者は,実験者より,提示された事例に対して,Yes-FB,もしくはNo-FBのいずれかを受け取る。そのフィードバックに基づいて,仮説を「確証」(保持)したり,「反証」(一般に仮説の修正を伴う)したりしながら,最終的にターゲットを発見したと確信が得られるまで実験を繰り返す。

2. 3 反証の生起状況

 仮説形成検証を伴って,科学的真理を発見するプロセスにおいて,とりわけ科学哲学の領域で伝統的に強調されてきたのが,仮説の反証の重要性である(Popper, 1959)。反証は,仮説の修正を導き,一般に仮説の修正機会の増加に従って,ターゲットが発見される可能性は高くなる。

 Klaymanらは,反証が生起する状況を,仮説とターゲットの関係に着目して以下のように整理している(Klayman, 1987)。仮説に対する正事例を用いた仮説検証をポジティブテスト(以下,Ptestと略す),負事例を用いた仮説検証をネガティブテスト(Ntest)と言う。混乱を避けるために,以下では,「仮説」に対しては正(ポジティブ),負(ネガティブ),「ターゲット」に対してはYes,Noという表記を使い分けることとする。

 確証,および反証は,仮説に基づく仮説検証法(Ptest or Ntest)とターゲットに基づく実験者からのフィードバック(Yes-FB or No-FB)の関係に基づいて現れる。図1は,仮説が「三つの偶数」,ターゲットが「増加する数」の場合における確証,反証のパターンを示したものである。図1において,例えば,[6, 0, 8]という事例による実験は,PtestとNo-FBの組み合わせになり「反証」が生じる。反証が生じるもう一つの状況は,NtestとYes-FBの組み合わせ(例えば,[4, 5, 7]による実験)である。PtestとYes-FBの組み合わせ(例えば,[4, 6, 12]による実験)や,NtestとNo-FBの組み合わせ(例えば,[9, 7, 1]による実験)では,仮説は「確証」される。

 ここで,以上の反証,確証のパターンを,表1の例でも確認されたい。

2. 4 仮説検証方略と反証可能性

 図1において,探索者がコントロールできるのは,仮説検証の方略,すなわちPtestを用いるか,Ntestを用いるかの選択である。当然のことながら,探索者はターゲットを知らない(真実を知らない)ので,実験の結果,世界からいかなるフィードバックが返ってくるのか,すなわちYes-FBが返ってくるのか,もしくはNo-FBが返ってくるのかはわからない。

 それでは,そのような状況にある探索者にとって,PtestとNtestのいずれの仮説検証方略を用いることが有利なのであろうか。すなわち,PtestとNtestのいずれがより多くの反証を導き,より高い確率でターゲットを発見することを可能にさせるのであろうか。

 Klaymanらは,仮説検証方略と反証可能性の関係は,ターゲットの一般性に依存することを示している。ここで,「ターゲット事例」(Yes事例)の「全事例」(あらゆる三つの数字の組み合わせ)に対する比率が大きなターゲットを「一般的なターゲット」,その比率が小さなターゲットを「特殊なターゲット」と呼ぶ。例えば,「三つの相異なる数」は一般的なターゲット,「三つの連続する偶数」は,特殊なターゲットの例である。

 Klaymanらは,精緻な検討に基づいて,特殊なターゲットの発見には,Ptestを用いる仮説検証方略が有利であり,一般的なターゲットの発見には,Ntestを用いる仮説検証方略が有利であることを導いている。

 この知見は,5. 1の本計算機モデルの妥当性の検討において,再度吟味されることになるので,記憶に留め置き頂きたい。

 

3. 共有の段階と創発の定義

 本研究では,上に述べた2-4-6課題を用いて,二つのプロダクションシステム(計算機モデル; 後述)が,協同してターゲットを発見する過程をシミュレートする。

 以下では,協同における認知空間の共有の度合いを三段階に分けて設定し,より具体的に相互作用による創発の定義を行う。

3. 1 単独条件

 一つのシステムがターゲットを発見する。これを,「単独条件」における発見とする。そのシステムの最終仮説がターゲットに一致していれば,そのシステムは単独でターゲットを発見したものとみなす(図2(a)参照)。

3. 2 独立条件

 二つのシステムが,独立してターゲットを発見する(図2(b)参照)。これを,「独立条件」による発見とする。この場合,二つのシステムは,相互作用することなく,別々にターゲットを探索する。二つのシステムによって得られた二つの最終仮説のうちの少なくとも一つが,ターゲットと一致していれば,二つのシステムは独立してターゲットを発見したものとみなす。

3. 3 協調条件

 最後が,「協調条件」における発見である。以下に続く三つの状況は,共有される認知空間の程度に応じて,協調的発見の三つの段階に対応する。

 ここでは,二つのシステムは協同してターゲットを探索する。独立条件の場合と同じように,二つのシステムによって得られた二つの最終仮説のうち少なくとも一つがターゲットに一致すれば,二つのシステムは協同してターゲットを発見したことになる。

[1] 実験空間だけの共有

 まずは,「実験空間」だけの共有の段階である(図2(c1)参照)。二つのシステムは,1回目の実験はシステムAによって,2回目の実験はシステムBによって,3回目の実験はシステムAによって_というように,交互に実験を行う。実験結果は,両方のシステムにフィードバックされる。

 この段階では,各システムは,相互の実験結果だけを知ることが許され,相手のシステムがどのような仮説を形成しているのかを知らない。これは,二人の人間が,話し合うことが許されず,単に互いの実験結果だけを共有するような状況に対応する。

[2] 仮説空間の共有

 次には,先の実験空間に加えて,「仮説空間」をも共有する段階である(図2(c2)参照)。この段階では,各システムは,仮説を形成する時に,相手のシステムが持つ仮説を参照して,自身の仮説を決定することができる。二人の人間が話し合いながら,ターゲットを探索するような状況がこれに対応する。

 本シミュレーションにおける相手のシステムの仮説参照のあり方は,単純である。相手の仮説を知った各システムは,以下のいずれかの原則に従って自身の仮説を形成する。すなわち,(a) 相手の仮説と「異なった仮説」を形成する,(b) 相手の仮説に「オーバーラップした仮説」を形成する,(c) 相手の仮説を「特殊化した仮説」を形成する,(d) 相手の仮説を「一般化した仮説」を形成する。オーバーラップ,特殊化,一般化の定義は,図3を参照のこと。

 ここで注意しなければならないのは,この段階と,次の「実験空間と仮説空間の統合」の段階との違いである。仮説空間を共有する段階では,相手の仮説の情報は,自身の仮説を形成する時にしか使用することができない。すなわち,実験において,相手の仮説の情報を参照して,事例生成を計画することができない。この段階では,実験において参照できるのは,自身の仮説のみである。

[3] 実験空間と仮説空間の統合

 実験空間と仮説空間を統合することによって,実験においても,相手の仮説の情報を利用することができるようになる(図2(c3)参照)。実験の事例生成における相手のシステムの仮説の参照のあり方については,6. 6にて後述する。

 以上,単独条件,独立条件と,三段階の協調条件について述べた。ここで,二つのシステムの相互作用による創発は次のように定義される。

 まず,独立条件におけるパフォーマンス(ターゲット発見の正答率)をベースパフォーマンスとする。次に,協調条件の三つの段階のそれぞれのパフォーマンスが,そのベースパフォーマンスを上回れば,その協同の段階で創発現象が現れたとみなす。

 

4. 計算機モデル

4. 1 インタラクティブプロダクションシステム

 人間の問題解決の認知モデルを構成する枠組みとして,プロダクションシステムという知識表現が広く使われている。

 プロダクションシステムにも,様々なタイプが存在し,それぞれにおいて,認知モデルとして仮定されているメカニズムは異なっている。それぞれのプロダクションシステムは,プログラム言語として提供され,その言語の文法に従ってモデルを表現することにより,計算機の上でそのモデルをシミュレートできるようになる。

 本研究では,ここで扱うような,協調発見のプロセスを計算機上でシミュレートするために,協調プロダクションシステム(以下,Interactive Production System; IPSと略す)のアーキテクチャを開発した。図4にIPSの基本仕様を示す。IPSは,システムA,およびシステムBの「プロダクションメモリ」,「ワーキングメモリ」(作業記憶),および「共通の黒板」から構成される。二つのシステムは,片方のシステムが,そのワーキングメモリの内容の一部を共通黒板に書き込み,他方のシステムがそれを共通黒板から自身のワーキングメモリ内に読み込むことによって相互作用する。

4. 2 数字の規則性に関する知識と仮説形成

 2-4-6課題を解決するプロダクションシステムモデルが,このIPSの上に構築されている(モデルの詳しい記述は,Miwa, 1996)。モデルは,三つの数字の規則性に関する知識を持っている。知識は,「属性-値リスト」の形で組織化されている。例えば,「昇降」という属性に対しては,「増化する数」,「減少する数」,「同一かもしくは増化する数」,「同一かもしくは減少する数」,「減少して増加する数」,「増加して減少する数」,「同一の数」がその値の例である。システムが持つ規則性の属性は,昇降,数字間の差,偶数/奇数,範囲,スロット,倍数,約数,和,積,関係式,その他である。

 システムは,属性-値リストを探索して,得られている実験結果(Yes-FB,もしくはNo-FBのタグがつけられた事例)に矛盾しない仮説の候補群を同定する。基本的には,仮説は,それらの候補群の中から,ランダムに選ばれる。しかし,「連続する偶数」,「三つの偶数」,「二つの数字の差が2」という三つの仮説だけは特別である。[2, 4, 6]という第一事例が提示されると,多くの人間被験者は,まずこれらの三つ仮説のうちのいずれかを形成する場合が多いことが知られている。そのために,本モデルにおいても,他の仮説に優先してこれらの仮説が取り上げられるように設定されている。

4. 3 モデルの行動例

 表2は,実験空間だけが共有される協調条件におけるシステムの動作例である。

 表2は,大きく三つの列から構成されている。一番左の列には,システムAが形成した仮説と,その仮説が保持された回数(反証されずに実験を通過した回数)が示されている。中央の列には,実験において生成された事例,その事例に対するフィードバックの種類(Yes-FB,もしくはNo-FB),およびその実験がどちらのシステムのいかなる仮説検証方略(Ptest,もしくはNtest)に基づいて行われたのかが示されている。一番右の列には,システムBの仮説,およびその保持回数が示されている。各列の先頭は,処理が進んでゆく順序である。

 ターゲットは,「三つの数字がともに12の約数」である。システムAはPtestによる実験を行い,システムBはNtestによる実験を行っている。

 システムAについては,4,10,16で反証が起こっている。ここでの反証は,3,9,15で行われた自分自身の実験の結果から行われている。一方,システムBは,17と29で反証が生じているが,それらはともに,15,27で行われた相手の実験の結果に基づいていることがわかる。

 この例では,システムAは6事例を観察した時点で,システムBは10事例を観察した時点で,それぞれターゲットを発見している。

 

5. モデルの妥当性の検討

 ここで用いる計算機モデルによるシミュレーションは,実際の人間の協同による発見を,正しく反映することができるのだろうか。以下では,モデルの妥当性を検討するために,以下の6. 以降で行われる「協調的発見のシミュレーション」に先立って,モデルの妥当性を検討するための「予備的シミュレーション」を行う。

5. 1 Klaymanらの予測の再現

 先に,Klaymanらは,仮説検証方略に関して,Ptestは特殊なターゲットの発見に有利であり,Ntestは一般的なターゲットの発見に有利であることを導いたことを述べた(2. 4 参照)。

 本システムは,このKlaymanらの予測を,正しくシミュレートすることができるであろうか。モデルの妥当性の検討の第一として,Klaymanらの予想の再現を試みる。

 5.での予備的シミュレーションに続いて行われる協調的発見の主シミュレーションでは,モデルに合計35種類のターゲットを発見させる。表3は,その35種類のターゲットを示したものである。

 Klaymanらの予測の再現性を検討するために,表3の35種類のターゲットを,単独条件において発見させた結果が図5である。システムは,Ptestを用いて仮説検証を行う方略(Ptest方略),もしくはNtest方略を用いる。縦軸は,各ターゲットに対して,それぞれ30回のシミュレーションを実行し,正答に達した割合を示している。一方,横軸は,35種類のターゲットに対応し,左から右に向かって,特殊から一般の順に並べてある。

 ここでのシミュレーションでは,ある仮説が連続する4回の実験によって確証された時点で(つまり,4回連続で反証を免れた時に),その仮説を最終仮説とする。その最終仮説が,実際にターゲットに一致しているか否かによって,正答と誤答を判定している。

 図5より,システムが, Ptest方略を用いる条件と,Ntest方略を用いる条件とで,システムのパフォーマンスが大きく異なっていることがわかる。全般的には,特殊なターゲットを発見する場合には,Ptest方略を用いた場合に高いパフォーマンスを示し,逆に一般的なターゲットを発見する場合には,Ntest方略を用いた方がターゲット発見に有利である。

 従って,本モデルは,Klaymanらの予測を,正しく再現することができることが確認される。

5. 2 Laughlinらの実験

 次に,協調的発見に関しても,本モデルは,人間被験者を対象として行われた認知心理学的実験の結果を正しく再現することが可能であろうか。

 近年,Laughlinらは,Rule Induction Paradigmという認知心理学的実験のスタイルに基づいて,4人からなるグループのそれぞれの成員が,異なった仮説検証方略を用いた時の発見過程を分析している。なお,用いられた課題は,New Elusisという発見課題である(ガードナー,1979)。

 Laughlinらの関心は,(1) 4人のメンバーが用いる「仮説検証方略の組み合わせ」と,「ターゲットに一致した正しい仮説が形成される比率」の関係,および(2) 「仮説検証方略の組み合わせ」と,メンバーの実験の結果「ターゲットの正事例(本研究でいうところのYesフィードバックを与える事例)が得られる比率」との関係にあった。

 そこで,本モデルの妥当性の第二の検討として,本モデルが,このLaughlinらの実験で得られた結果を正しく再現できるかを検討する。

5. 3 予備的シミュレーションの条件

 本モデルが扱う状況と,Laughlinらの実験の状況とは異なりがあるので,その差異をできるかぎり軽減するために,ここでの予備的シミュレーションでは,以下のような調整を行った。

(1) Laughlinらの実験では,4人の被験者がすべてPtest方略を用いる条件を,PPPP条件として,その他,PPPN条件(3名がPtestを,1名がNtestを用いる条件),PPNN条件,PNNN条件,NNNN条件,コントロール条件(メンバーが自由に仮説検証方略を選ぶ条件)の6条件を比較している。一方,本論文でのシミュレーションでは,二つのプロダクションシステムが相互作用する。従って,Laughlinらの実験の6条件の中から,PPPP条件とPPNN条件,NNNN条件の3条件と, 本シミュレーションのPtest方略×Ptest方略,Ptest方略×Ntest方略,Ntest方略×Ntest方略の3条件を比較する。

(2) 6. 以降で行われる主シミュレーションでは,合計35種類のターゲットを用いた。ここで,5. 1の予備的シミュレーションからもわかるように,仮説検証方略と仮説の確証,反証のパターン,およびターゲット発見の正答率の関係は,発見するターゲットの一般性に大きく依存する。そこで,予備的シミュレーションでは,その35種類のターゲットから,Laughlinらが実験に用いたターゲットと同程度の一般性を持つ8種類のターゲットが用いられた。

(3) Laughlinらの実験では,4人のメンバーの互いの仮説が共有され,その中の一つが,話し合いによってグループ仮説として選定される。一方,本計算機モデルは,二つのシステムが形成したそれぞれの仮説のよさを評価して,その内の一つを取り上げるといった機構を有していない。そこで,予備的シミュレーションにおいては,二つのシステムが独立に作った二つの仮説のうちの一つをランダムに選び,それをグループ仮説として,システムの実験が行われるようにしている。

(4) Laughlinらの実験では,実験の回数が一人あたり11回に固定され(合計44回の実験),そこでのパフォーマンスが比較されている。しかし,本シミュレーションで用いた課題である2-4-6課題と,Laughlinらの用いたNew Elusisでは,課題を解決する(すなわち,ターゲットを発見する)困難度は異なっている。シミュレーションの結果,実験の回数が1システムあたり7回(全体の実験を14回)としたところ,モデルのパフォーマンスはLaughlinらの実験におけるパフォーマンスと適度に一致した。従って,この状況で,Laughlinらの関心であった「仮説検証方略の組み合わせ」と「正しい仮説が形成される比率」,および「仮説検証方略の組み合わせ」と,「ターゲットの正事例の比率」のパターンの一致度を検討することにする。

5. 3 予備的シミュレーション結果

 図6は,予備的シミュレーションの結果(下段)と,Laughlinらの実験の結果(上段)を比較したものである。左側は,全試行を通しての正解仮説(ターゲットに一致した仮説)の割合の比較,右側は,実験の結果得られたターゲット事例(Yes事例)の比率である。それぞれの比率は,PPPP条件(Ptest×Ptest条件),PPNN条件(Ptest×Ntest条件),NNNN条件(Ntest×Ntest条件)に分けて,さらに,PPNN条件のYes事例比率に関しては,その条件で,Ptest,Ntestを行なった被験者(システム)の場合が分けて示してある。

 まず,予備的シミュレーションの正解仮説の割合のパターンは,Laughlinらの結果によく一致している。一方,ターゲット事例の比率のパターンは,とくにNtest方略×Ntest方略の条件で大きく異なっている。

 Laughlinらは,NNNN条件における被験者は,他の仮説検証方略の組み合わせには現れない,strategic hypothesis testingを用いることを指摘している。すなわち,NNNN条件では,ターゲット事例(Yes事例)が観察される度合いが極端に少なくなる。そこで,被験者は, Yes事例を観察するために,補助仮説を立て,主仮説に対してはPtestとなるように,補助仮説に対するNtestを行う。このような特殊な仮説検証方略の使用が,NNNN条件のターゲット事例の比率の上昇を導いたことを指摘している。

 本シミュレーションでは,strategic hypothesis testingというような方略が組み込まれていないので,この現象が説明できない。しかしながら,ここでの目的である単純なPtest方略とNtest方略の組み合わせという状況に関しては,本シミュレータが,Laughlinらの心理学的実験の結果をよく再現できていることを示している。

 

6. 協調的発見のシミュレーション

 予備的シミュレーションを通して,本モデルに一定の妥当性が確認されたので,主シミュレーションに移る。ここでは,共有される認知空間を三段階にコントロールして行ったシミュレーションの結果を示し,協調的発見における創発の可能性を検討する。

6. 1 認知心理学的実験からの知見

 シミュレーションに先だって,協調的発見における創発の可能性を検討した,これまでの認知心理学的実験の結果を整理しておこう。

 表4は,本研究で取り上げたような仮説検証を伴う発見課題を用いて,個人とグループのパフォーマンスの比較を行った認知心理学的実験の結果を示したものである。ただし,そこで用いられている課題は,それぞれ異なっている。Freedman (1992)は,本研究と同じく,2-4-6課題を用いているが,Laughlin & Futoran(1985)とGorman. et al. (1984)ではNew Elusisというトランプカードを用いた課題を,Okada & Simon(1997)では,分子遺伝学模擬実験室という実験用のマイクロワールドを用いた実験が行われている。

 これらの実験では,本研究における創発の定義を用いておらず,単純に個人とグループのパフォーマンスを比較している。そこで,表4では,以下の手続きによって,本研究の独立条件に対応するパフォーマンスを算出している(亀田,1997)。すなわち,m(0 ≦ m ≦ 1)というパフォーマンスを示した個人n人が,独立して問題を解いた時に,そのn人のうち少なくとも一人が正解に達する期待値は1-(1-m)nとなるので,この期待値を,独立条件のパフォーマンスとする。なお, Okada & Simon (1996)では,パフォーマンスは0〜4の評価値の平均で与えられているが,上と同様の手続きを用いて,独立条件のパフォーマンスを算出している。さらに,Freedman (1992)では,左側が被験者に一つの仮説を作らせる条件,右側が強制的に複数の仮説を作らせる条件での実験結果である。

 表4を見ると,これまでの認知心理学的実験の結果は,創発の可能性に関して一貫した結果を示していない。その原因は,様々な要因が考えられるが,その一つとして,本研究で行ったような,認知空間の共有の程度が十分に統制されていないことが考えられる。これらの実験では,話し合いも含めて互いの相互作用には何ら制約が与えられていない。その意味では,共有される認知空間に差異は存在しないように見える。しかし,実質的な認知空間の共有の程度は,個人の能力や,また課題の特性によって,大きな影響を受けると考えられる。

 以下のシミュレーションでは,認知空間の共有の程度を厳密に操作して,相互作用における創発の出現の可能性を検討する。

6. 2 単独条件・独立条件・協調条件のパフォーマンスの比較

 まず,「単独条件」,「独立条件」,「協調条件」においては「実験空間だけが共有される場合」について,パフォーマンスの比較を行ってみよう(より詳しい記述は,Miwa, 1999a)。

 以下のシミュレーションでは,各条件において, 35個のターゲットを発見させている。まず,一つのターゲットに関して,計30回のシミュレーションを繰り返し,各ターゲットごとの正答率を求める。次に, 35個のターゲットの正答率の平均を求め,それをパフォーマンスの評価値とする。

 図7は,単独条件におけるシステムA,およびシステムBのパフォーマンスと,その二つのシステムが独立条件でターゲットを発見した場合,および協調条件(実験空間だけを共有)でターゲットを発見した場合のパフォーマンスの比較を示したものである。

 横軸は,二つのシステムの仮説検証方略の組み合わせである。ここで,Ptest方略とは,仮説検証において常にPtestを用いる方略,Ntest方略とは,常にNtestを用いる方略を示す。また,PtestとNtestを半分の確率で選択する仮説検証方略を,Mtest方略を呼ぶ。横軸には,Ptest方略を用いる場合,Ntest方略を用いる場合,Mtest方略の3種類の仮説検証方略について,それぞれ6つの組み合わせ((1) Ptest×Ptest,(2) Mtest×Mtest,(3) Ntest×Ntest,(4) Ptest×Mtest,(5) Ntest×Mtest,(6) Ptest×Ntest)を示してある。縦軸は,パフォーマンス(35種類のターゲットの正答率の平均)を示す。

 図7より,以下のことがわかる。

 まず,全体的に,協調条件のパフォーマンスは,単独条件のパフォーマンスを超える。すなわち,二つのプロダクションシステムが相互作用する利得として,亀田の第一の水準を満たしていることがわかる。

 一方,協調条件と独立条件のパフォーマンスを比較すると,両者はほとんど差がない。そればかりか,協調条件のパフォーマンスは,時にそのベースパフォーマンスを下回る。すなわち,協調条件のパフォーマンスは,創発の基準となるベースパフォーマンスを超えない。すなわち,以上のシミュレーション条件においては,実験空間が共有されるだけでは,1. で定義された創発は現れないことがわかる。

6. 3 主シミュレーションの条件

 次に,協調条件において,実験空間だけではなく,仮説空間をも共有する場合には,創発は出現するのであろうか(Miwa, 1999b)。

 6. 2のシミュレーションで,実験空間を共有するだけでも協調条件のパフォーマンスは,単独条件のパフォーマンスを超えることが示されたので,以降のシミュレーションでは,協調条件と独立条件のみを比較する。

 また,二つのシステムの仮説検証方略の組み合わせとして,(1) Ptest方略×Ptest方略,(2) Ntest方略×Ntest方略,(3) Ptest方略×Ntest方略,(4) Rtest方略×Rtest方略の4種類を考える。ここで, Rtest方略とは,ランダムに事例を生成する方略を示し,すなわち実験において仮説を使用しない方略である。

 さらに,ここまでのシミュレーションでは,4回連続して仮説が確証された時の仮説を最終仮説とし,その最終仮説の正誤によってパフォーマンスを比較してきた。しかし,以降では,実験の回数を4回,8回,12回,16回,20回と固定し,その数の実験が行われた時点で,正しい仮説(ターゲットに一致する仮説)を形成していたか否かで,ターゲット発見の正誤を評価することとする。

6. 4 実験空間だけの共有

 まずは,再び,実験空間だけの共有における協同である。上に述べた四つの仮説検証方略の組み合わせのそれぞれにおいて,実験空間だけが共有された場合のパフォーマンスと,独立条件におけるベースパフォーマンスとの比較を示したものが,図8である。図8の横軸は,生成された事例の回数,すなわち実験の回数を示している。縦軸は,パフォーマンス(ターゲット発見の正答率の平均)を示す。

 以降の図において,“*”,“**”は,それぞれ5%,1%の危険率で,独立条件のパフォーマンスが協調条件のそれを上回ったことを示し,逆に,“#”,“##”は,それぞれ5%,1%の危険率で,協調条件のパフォーマンスが独立条件のそれを上回ったことを示している。“n.s.”は,両者の間に統計的有意差が存在しないことを表す。

 図8より,一般的にみて,実験空間が共有されるだけでは,いかなる方略の組み合わせにおいても,創発は生じないばかりか,むしろ独立条件の方が,協調条件よりも高いパフォーマンスを示す場合があることがわかる。

 しかし,Ptest方略とNtest方略の組み合わせで,20回の実験が許された場合において,協調条件のパフォーマンスが独立条件のそれを上回ることが観察された。以上は,二つのシステムが異なる仮説検証方略を用い,かつ十分な実験が許される場合には,創発の可能性が現れることを示唆している。

 大切なことは,この実験空間が共有されるだけの協同では,それぞれのシステムにおいて,作業記憶の能力の拡張や,新しいプロダクションルールの追加を必要としないということである。二つのシステムは,ただ単に互いの実験結果を交換し合うだけである。本シミュレーションの結果は,そのような単純な相互作用においても,創発の可能性が存在していることを示している。

6. 5 仮説空間の共有

 次に,二つのシステムが,実験空間に加えて,仮説空間をも共有する場合について考えてみよう。3. 3[2]に示した「異なった仮説」「オーバーラップする仮説」「特殊化された仮説」「一般化された仮説」という四つの仮説形成の方法のそれぞれにおいて,協調条件と独立条件のパフォーマンスの比較を示したものが,図9である。図9の下段には,上から順に,上記の四つの仮説形成の方法における,独立条件と協調条件のパフォーマンス比較の統計的検定の結果が示されている。

 図9の全体的特徴は,以下のようにまとめられる。

 二つのシステムが共にPtest方略を用いる条件(図9(a))において,仮説空間が共有されることの効果は絶大である。「特殊化された仮説」を生成する条件を除いて,協調条件のパフォーマンスは,独立条件のベースパフォーマンスを著しく上回っている。一方,他の三つの仮説検証方略の組み合わせ(図9(b),(c),(d))においては,このような顕著な創発現象は確認されない。

 それではなぜ,共にPtest方略を用いた二つのシステムの協同には,創発現象が現れるのであろうか。

 ある仮説とターゲットの関係が生じている時,Ptest,もしくはNtestによっては,決して反証が生じない状態が存在する。具体的には,図10(a)におけるPtest,図10(b)におけるNtestは,いかなる状況においても反証を導かない。なぜなら,それぞれの状況では,上述した反証が生じる仮説検証法(PtestとNtest)とフィードバック(Yes-FBとNo-FB )の関係が生じないからである(図1参照も併せて参照)。

 人間被験者は,第一事例として[2, 4, 6]が提示された場合には,仮説として「連続する偶数」,「三つの偶数」,「二つの数字の差が2」のいずれかを形成する場合が多く,本論文のシミュレーションにおいても,モデルにこの傾向が設定されている(4. 2参照)。この場合,仮説とターゲットの関係は,これらの仮説の正事例の,全事例に対する割合が小さいことから─とりわけ,全事例に対するターゲット正事例(Yes事例)の比率が大きなターゲット(すなわち,一般的なターゲット)を発見する場合には─,図10(a)の状況になりやすい。ここで,Ptestを用いて仮説検証を行うと,仮説の反証が妨げられ,その結果ターゲット発見が阻害されることが予想される。

 実際,人間被験者による実験では,人間はPtestを好んで行なうポジティブテストバイアスが存在し,この傾向が,しばしば特に一般的なターゲットの発見を阻害することが報告されている(Wason, 1960;Klayman, 1987)。

 さて,本シミュレーションにおいて,Ptest方略×Ptest方略の仮説検証の組み合わせによる独立条件のパフォーマンスが,一定の値を超えないことは,同様の理由による。

 しかし,その状況において,仮説空間を共有する場合,システムは,相手の仮説Hを参照して,その仮説と異なった仮説H'を形成しようとする。図10(a)の関係にある仮説Hとターゲットに関して,仮説H'は,この関係から外れる可能性がある。その仮説H'のPtestから得られた実験結果により,仮説H,仮説H'が反証が導かれる場合がある。その結果,協調条件のパフォーマンスの著しい向上がもたらされたものと考えられる。

6. 6 実験空間と仮説空間の統合

 この段階では,システムは,実験における事例の生成において,相手の仮説の情報を用いることができるようになる。その結果,仮説検証法は,自分の仮説と相手の仮説という二つの仮説に基づいて定義されることになる。そこで,P-Ptest,N-Ntest,P-Ntest,N-Ptestという四つの仮説検証法を定義する。例えば,P-Ntestとは,自分の仮説に対しては正事例,相手の仮説に対しては負事例となるような事例を用いて仮説検証を行う方法である。図11は,それぞれのテストを用いた場合,実験結果のYes-FB,もしくはNo-FBによる,自分の仮説,相手の仮説に関する確証,反証のパターンを示したものである。図11では,自身の仮説が「三つの偶数」,相手の仮説が「一桁の数」,ターゲットが「増加する数」という場合における,それぞれの組み合わせに対応する事例を例示している。

 図12は,ここで述べた四つの仮説検証方略を用いてターゲットを発見させた場合のシミュレーション結果である。

 さて,仮説空間と実験空間を統合することの重要な利得は,システムが「診断テスト」(diagnostic test)という仮説検証法を用いることができるようになるということである(Klayman, 1989; Platt, 1964)。診断テストとは,二つの対立仮説を準備し,実験の結果,競合仮説のうち少なくとも一つの仮説が反証されるような仮説検証の方法である。図11からもわかるように,P-NtestとN-Ptestは,Yes-FB,No-FBのいかんにかかわらず,二つの仮説のうちの一つが必ず反証されるので,この診断テストに対応する。

 そこで,仮説検証において,常にP-Ntest,もしくはN-Ptestのいずれかが用いられるような状況を設定し行ったシミュレーションの結果が図13である。図13には,6. 4,6. 5で用いた四つの仮説検証方略の組み合わせによる,独立条件のベースパフォーマンスも併せて示してある。図13より,システムが,仮説空間,および実験空間を統合し,診断テストを行うことができれば,独立条件のいずれの仮説検証の組み合わせのパフォーマンスをも,大きく上回ることができることがわかる。すなわち,二つの認知空間が統合されれば,二つのシステムが相互作用することにより,創発を導くことができるようになる。

 

7. まとめ

 本論文のシミュレーション結果は,共有される認知空間が厳密に制御された場合に,それぞれの共有の段階における創発の可能性を具体的に示すものである。

 これらの結果は,より厳密に統制された心理実験によって,実証的に確認されるべきであり,今後の課題である。しかし,本論文の結果は,あるモデルを仮定した時に,そこから演繹的に予測される結果を示しているという意味で,重要な実証的知見である。また,そこで得られた結果は,将来の認知心理学的実験の新しい実験デザインを導くものとしても重要である。

 以下,本章の内容をまとめる。

 本論文では,複数のシステムが相互作用する時に現れる利得を「創発」の出現として定義し,その評価値を用いて,共有される認知空間の変動に対する創発の可能性を実験的に検討した。

 実験空間だけが共有される状況では,一般に相互作用の利得は得られない。ただし,互いのシステムが異なった方略を用いて,かつ十分な実験が許される場合には,創発の可能性が現れる。

 仮説空間が共有される状況では,互いのシステムがPtest方略を用いる場合に限り,創発の可能性が現れる。人間には,Ptestを好んで行うというポジティブテストバイアスが存在することが確認されており,本シミュレーション結果は,その意味からも興味深い。

 実験空間と仮説空間を統合することが可能になれば,二つのシステムの相互作用は,安定した創発現象を示すようになる。

 以上の結果は,二つのシステムが十分な認知空間を共有することが可能ならば,「一緒に行う」ということには,十分な意義が存在することを示している。

 ただし,認知空間の共有度合の増大は,創発を導くための必要十分条件ではないことには留意する必要がある。例えば,実験空間と仮説空間が統合される条件にあったとしても,各々のシステムに,診断テストを行なう知識が存在しなければ,創発は現れない。従って,認知空間の共有は,創発を導くための必要条件と考えるべきである。

 認知空間の共有という必要条件が満たされた時に,創発を導くために,そこでどのような知識が必要とされるのかに関する詳細な検討は,今後の重要な課題となる。

 

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